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「ホテル・ムンバイ」感想 ~実際のテロ事件を描く意義が詰まった傑作【おすすめ度:★★★★】

2008年にインド・ムンバイで発生したテロ事件を題材に映画化。
緊迫感があふれ、見る人に緊張を強いるジャンルの作品ですが、ヒロイックさを排除した作り手たちの誠実さ・真摯さに溢れた傑作。

 

★ホテル・ムンバイ

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監督:アンソニー・マラス

キャスト:アーミー・ハマー、デヴ・パテル、ナザニン・ボディアニ

 

◆予告編◆

www.youtube.com

◆あらすじ◆

身重の妻と娘と暮らすアルジュンは、インド・ムンバイの五つ星ホテル・タージマハルで給仕として働いていた。2008年11月26日、ホテルには生後間もない娘とシッターを同伴したアメリカ人建築家デヴィッドや、ロシア人実業家のワシリーらが宿泊していた。
しかしその日、ムンバイは恐怖と混乱に陥れられるー。

 

◆感想◆

テロ事件の映画化といえば、まず思い出すのは「ユナイテッド93」
アメリカの同時多発テロ事件でハイジャックされた4機の中で、唯一標的までたどり着くことなく墜落したユナイテッド93機。
その機内で起きていた乗客たちとテロリストとの攻防を描いた作品です。

 

当時公開前には「事件を金ヅルにするのか」「見たくない」なんて声も多く聞かれたものの、その傑作ぶりは、その後の「実際のテロ事件の映画化」に対する観方さえも変えました。
この作品の画期的な部分は、一つに「ドキュメンタリータッチの映像」、もう一つは「犯人側の人間性の描写」、最後に「ヒロイックさの排除」という3点に集約されるのではないでしょうか。
この3つが重なり合った時に生まれるのが、ただ映画を「世界のどこかでおきた悲惨な物語」として享受して涙するのではなく、「どう生きるか」を考えるための手触り感のある「追体験」。
それはただの「こんな人がこの事件で犠牲者を救ったんですよ、凄いでしょ」という映画とは全く異なる経験を与えてくれるものでした。

今回の「ホテル・ムンバイ」は、この「ユナイテッド93」の精神を引き継いだかのような誠実で真摯な姿勢と、緊迫感を強いる2時間の構成が素晴らしい傑作。
長編2本目で「ユナイテッド93」を撮ったポール・グリーングラスに負けず劣らず、数本の短編経験のみの中、長編映画監督デビューでこれだけの作品を撮ったアンソニー・マラス監督はめちゃくちゃ注目したい監督となりました。

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1、細やかなエピソードを重ねて魅せる人間性
グランドホテル形式で、多くの人々が行きかうホテルを舞台に従業員、宿泊客、犯人と3サイドの人間たちの様子を描く群像劇でもある本作。
ともすれば、何人ものキャラクター背景をだらだらと説明するような導入になってしまいがちな群像劇の難しさを、エピソードの選び方とさりげない積み重ねで回避している所にも監督の手腕が光っていました。
靴を忘れた従業員アルジュンと、彼らの規律を厳しくも包み込むように纏める料理長。
建築家デイヴィットとその妻、そしてシッターとの信頼関係。
家族へ渡すお金のため、“兄弟”への忠誠のため、このテロに身を投じる犯人たち。
特に「お客さまは神様だ」という従業員たちが繰り返すホテルマン・ホテルウーマンとしての規律を、多角的な側面から切り取って見せる事でその考え方の違いや変化を描写している所が素晴らしかった。
盲目的に繰り返す者、敬意として重んじる者、その意味を正しくまっとうしようとする者、家族を守ることを選んだ者、その言葉に甘えていた宿泊客の心の変化・・・
どれも批判することなく、どれもヒロイックに描かれることもないのですが、ただしその中でアルジャンの姿が好ましいという事は観る者が感じ取れるように描かれているのが、監督の絶妙なバランス感覚なのだろうと思います。

2、ドキュメンタリー“タッチ”の映像の力
傑作「ボーダーライン」のスタッフによる制作という事で、まあ約束されていた所はありますがやっぱり凄かった、臨場感ある映像。

ボーダーライン(字幕版)
 

映画である以上、それはあくまで整理され、計算された脚本のもとに構築される映像表現で、あくまで「リアルっぽさ」なんだけど、その作為こそが私が好きなポイント。
今回に関して言えば、事件発生からおよそ10時間もの立てこもり事件でありながら、ホテル内の犯人は4人のみで、1階入り口にも1人が待機しているのみ。
ホテルは広く、壁も割と凹凸があって、勇気さえあれば壁伝いに脱出できそうな気配さえある構造。
(映画としては、ここにキャラクターたちの背景を描く時間も必要)
その場に居合わせなかった私たちがそうした断片的な情報だけで甘く見がちな要素を蹴散らし、“外野”でいる余地を与えず引き込むのがドキュメンタリー“タッチ”の力なのだと思います。
突然のレストラン襲撃。
逃げ惑う人々が駆け込んだ先のホテルで、しかし再び始まる殺戮劇。
一部屋づつ追い詰めていく犯人が、今どこにいるかわからない。
泣き叫ぶ赤ちゃんの声に掻き立てられる不安とストレス。
言葉のわからない犯人たちに拘束されるVIPたち。
その緩急のつけ方、畳みかけ方、ちょうどいいカメラのブレ方。
こうした作品の目的がその追体験性にあるのであれば、2時間という枠の中に緊迫感を濃縮する事に意味があるのです。
その点では、「ボーダーライン」のチームは2019年現在、最強です。

 

3、犯人側の人間性を描写することの意味とは
「追体験」ということにこうした「実際のテロ事件の映画化」の意味があると思っているのですが、その意味では「犯人側の人間性の描写」は理屈的には合致しません。
その場に居合わせたとして、私たちは犯人たちの犯行動機も理由も何もしることはないし、むしろ知りたくもないでしょう。
どんな理由があろうと、大量殺人を許すものでもありません。
ではなぜ、この要素が受け入れられているのか。
それは表現するのがなんとも難しい所ではあるのですが、仮に自分が狙われたとして、犯人の人柄や犯行動機が分かっている状況=“知っている人”に“見に覚えのある理由で襲撃される” レベルまで事件の解像度をあげる事が、事件を自分事としてとらえる余地を広げることになっているのかなあとぼんやり思っています。
そうした部分があると同時に、犯人側の情報は通常事件後にニュースや資料を見なければわからない事であり、ある意味一歩さがって事件の全体像を俯瞰的に見ていることにもなる。
引いては「どうしたら事件を防げたのか」を考えること、それがこうした映画の製作を続けることの意義だと思うと、自分事化と俯瞰視点の双方をもたらす描写が上手く成立することは、作品への没入感と情報網羅性を高めることになるのかな。
今作でも、犯人側は全て少年たち。
首謀者に電話で指示されたままに、犯行に及んでいく彼らの動機は、家族のためであったり、お金が必要であったり、ただ神の言葉の解釈を捻じ曲げられただけであったり。
広い世界を知る事ができていたら、首謀者以外のメンターに出会っていたら、生活に困らない程度のお金を稼げていたら、、、こうした事に足を踏み入れる事もなかったのではないか。
こうして作られた作品が、多くの人々の視線を事件やその背景に目を向けるきっかけとなれば良いなと思っています。

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役者は皆好演!
主演のデヴ・パテルは「スラムドッグ・ミリオネア」でハリウッド進出して以降、こうしたインドが舞台の作品などにもコンスタントに出演していますが、どんどん顔つきが精悍になってきていて、演技もやっぱり安定感あるなあと思います。

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アメリカ人建築家役のアーミー・ハマー
裕福で心が広い、そんな役柄がいつもぴったりはまる彼。

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奥さん役のナザニン・ボディアニさんは初めて見ましたが、ミラ・クニスのような美貌と凛としたたたずまいが素敵な女優さんでした。

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「ホテル・ムンバイ」は全国公開中。

 

※画像は全てimdbより引用

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最後に、「ユナイテッド93」以外の「実際のテロ事件の映画化」作品のおすすめをいくつかご紹介します。

◆「7月22日」
ノルウェー・ウトヤ島で起きた無差別殺人事件の全貌に迫るポール・グリーングラス監督によるNETFLIX作品。事件そのものはもちろんながら、その後の犯人と被害者たちとの法廷でのやりとりにも重きをおいた作品です。

 

◆「キャプテン・フィリップス」

こちらも同じくポール・グリーングラス監督作品。
2009年に発生した「マースク・アラバマ号」乗っ取り事件を題材に、犯人に立ち向かったフィリップス船長をメインに据えた作品ですが、犯人役を演じた新人バーカッド・アブディの見事な演技と描き方も強く印象に残っています。

 

◆「パトリオット・デイ」
ピーター・バーグ監督×マーク・ウォルバーグという黄金コンビの作品。
2013年に発生したボストンマラソン爆弾テロ事件の事件発生からわずか102時間で犯人逮捕に至った顛末を描いています。

パトリオット・デイ(字幕版)
 

 

◆「15時17分、パリ行き」
こちらはクリント・イーストウッド監督作品。
実際に事件を食い止めた本人たちを本人役で起用するというミラクル技を使っています。事件そのものよりも、彼らの幼少期からの絆と人格形成の断片をみせながら、事件解決へと連なっていく運命性を感じさせる作品。 

15時17分、パリ行き(字幕版)

15時17分、パリ行き(字幕版)

 

 

◆<番外編>「クーデター」
ジョン・エリック・ドゥードル監督×オーウェン・ウィルソン主演。
公式にはオリジナル脚本とされていて舞台となる国も明かしていませんが、どう見ても2014年のタイでの軍事クーデターを題材としていることは明らか。
冒頭のホテル襲撃シーンのシチュエーションは本作とも似ていますが、その数の暴力といい、軍事力といい、恐らくこの作品群の中でも群を抜くほど恐ろしかった…。

クーデター(字幕版)

クーデター(字幕版)

 

 

気になる作品があったら、是非見てみてくださいね。