決して、イーストウッドの自伝ではありません。
実際に90歳の老人が麻薬の運び屋をしていたという実話に着想を得て、彼が監督&久しぶりに主演を果たした作品です。
だけど・・・
私はこの主人公アールは、つまりはイーストウッド本人であり、自身を意図的に反映させた存在としかどうしても思えなかった。
そしてそこには、イーストウッドのこれまで、そして今後に対する「スタンス」がこれでもか!と込められていたように感じます。
そんな「運び屋」の感想です。
★「運び屋」
監督:クリント・イーストウッド
キャスト:クリント・イーストウッド、ブラッドリー・クーパー、ローレンス・フィッシュバーン、マイケル・ペーニャ、アンディ・ガルシア
◆予告編◆
◆あらすじ◆
デイリリーの栽培に命を燃やし、仕事一筋で生きてきた男アール。
娘の結婚式を欠席するなど家族をないがしろにしてきた彼は、90歳を迎えた今、家も差し押さえられ、家族にもうとまれ、孤独で金にも困っていた。
そんなある日、唯一の繋がりである孫の友人から紹介された仕事の話。
「ただ、車で荷物を運べば金がもらえる」
何も知らずにその仕事をこなし、信頼を得ていくアールだったが、彼が運んでいたのは麻薬だったー。
◆感想(ネタバレあり)◆
そもそも、予告で煽られているようなサスペンスではありません。
自分が運んでいたものが麻薬と知ってもなお仕事をこなし、鼻歌まじりで意気揚々と車を運転するその姿。
行く先の街で上手い飯を食い、ホテルに泊まれば若いコールガールを(2人も!)呼んで快楽に興じる現役っぷり。
そして、そんな正体の見えない「伝説の運び屋」に踊らさせる刑事たち。
その様子はあまりに陽気で愉快!むしろ一緒に旅に出たくなるような楽しさに満ちています。
そして訪れる妻の死。
やっと気づく、これまでの自分に足りなかった「家族」との絆。
待ち受ける逮捕の瞬間は、そうした家族との和解を超えた先にある。
決して、イーストウッド本人が「この役に自分を投影している」とは言っていないので、あくまで私が感じたまでですが・・・
アールはあまりにも「イーストウッドそのもの」。
・ユーモアが得意で、女性にモテモテ
(イーストウッドには、何度もの離婚歴に婚外子もいます)
・黒人差別発言
(トランプ支持派)
・「最近の若いのは・・・」云々
・組織の長に愛され、末端のワルたちや疎ましく思っていた幹部にさえ気にとめられる
映画出演と映画製作で数多の名だたる賞を受賞し、ロケで世界中あちこちを飛び回る生活をしながら駆け抜けてきたイーストウッドの88年の人生。
それは、デイリリーの栽培で数々の賞を受賞し、そして何度も何度も運び屋として長い旅路を駆けるアールの人生と多くの部分で重なるように感じます。
なにより、最後まで決裂状態だった娘を演じるのが、彼の実の娘であるアリソン・イーストウッドというのが最も象徴的。
多くの子供たちがハリウッドで活躍するイーストウッド。
長男カイルは、父クリントのいくつもの作品で楽曲を手掛ける常連として活躍。
次男のスコットは、ブレイク前の下積み時代に「グラン・トリノ」など複数のクリント監督作品に端役として出演しています。
だけど、アリソンとは34年前、子役としての共演以来なんですよね。
彼らの間にどのぐらいの溝があったのかは分からないけれど、中でも疎遠だった娘をこの役にキャスティングする裏には、きっと何かしらの想いがあったのではないかと思います。
面白いのは、「やっぱり人生で大切にするべきは家族だよね」というメッセージを残しながら、それでも彼は刑務所でやっぱり楽しそうにデイリリーの栽培に精を出すラスト。
これこそが、これこそが俺の人生だ と言わんばかりに。
もしかしたら、子供たちへの報いは果たしたという事なのだろうか?
これからも、俺の好きに映画作りをしていくんだ!という、イーストウッドからのメッセージなのかも?
そんな、88歳の現役スターの決意を見せつけたラストにかぶさるエンディング曲「Don't let the old man in」。
「老いを迎え入れるな」とうたうその歌詞こそ、イーストウッドの生涯現役宣言なのではないでしょうか。
これまでのイーストウッドと子供たちとの間の様々な事情が、これで解決されるとは思いません。
その部分には、イーストウッドの言い訳と自己愛が垣間見えて、どうしてももやもやする部分が残ります。
映画製作者でありスターであり俳優としての彼の一側面が今後も積み上げられる事、純粋にその部分だけに関しては、私は歓迎してしまうのですけどね!
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アールをイーストウッドが、娘をアリソンが演じる事が必然であったのと同様に、アールを捕まえる刑事ベイツ役をブラッドリー・クーパーが演じる事が、何より必然だったように感じます。
ブラッドリーが監督した「アリー/スター誕生」を観た時に感じた、まさしく“イーストウッド映画”の感覚。
一時期はベン・アフレックが後継者かと言われていたけれど、いやいや、ブラッドリー・クーパーこそイーストウッドを継ぐ系譜にある気がします。
その時は、「アメリカン・スナイパー」への出演で育まれた師弟関係がブラッドリーにとってどれほど貴重なものだったか…と思ったものですが、きっとイーストウッドにとってもかけがえのない愛弟子なのでしょう。
あの高速道路での逮捕シーンには、(ある部分に関しては)お前に託したといわんばかりの継承の気持ちが溢れていたように思えてなりません。
「家族を大切に」というアールからベイツへの台詞もまた、イーストウッドからブラッドリー・クーパーに対するアドバイスなのかも。
そんな、かなり私的なイーストウッドのメッセージが詰まった意欲作だと感じた「運び屋」は現在全国公開中。
アールという役に込められたイーストウッドの狙いを考えながら観ると、より面白く観れるのではないでしょうか!?
※画像は全てimdbより借用