Everything is Illuminated

面白かった映画と海外ドラマの感想を気ままに綴るブログです。

「ホテル・ムンバイ」感想 ~実際のテロ事件を描く意義が詰まった傑作【おすすめ度:★★★★】

2008年にインド・ムンバイで発生したテロ事件を題材に映画化。
緊迫感があふれ、見る人に緊張を強いるジャンルの作品ですが、ヒロイックさを排除した作り手たちの誠実さ・真摯さに溢れた傑作。

 

★ホテル・ムンバイ

f:id:evisilli:20190929210031j:plain

監督:アンソニー・マラス

キャスト:アーミー・ハマー、デヴ・パテル、ナザニン・ボディアニ

 

◆予告編◆

www.youtube.com

◆あらすじ◆

身重の妻と娘と暮らすアルジュンは、インド・ムンバイの五つ星ホテル・タージマハルで給仕として働いていた。2008年11月26日、ホテルには生後間もない娘とシッターを同伴したアメリカ人建築家デヴィッドや、ロシア人実業家のワシリーらが宿泊していた。
しかしその日、ムンバイは恐怖と混乱に陥れられるー。

 

◆感想◆

テロ事件の映画化といえば、まず思い出すのは「ユナイテッド93」
アメリカの同時多発テロ事件でハイジャックされた4機の中で、唯一標的までたどり着くことなく墜落したユナイテッド93機。
その機内で起きていた乗客たちとテロリストとの攻防を描いた作品です。

 

当時公開前には「事件を金ヅルにするのか」「見たくない」なんて声も多く聞かれたものの、その傑作ぶりは、その後の「実際のテロ事件の映画化」に対する観方さえも変えました。
この作品の画期的な部分は、一つに「ドキュメンタリータッチの映像」、もう一つは「犯人側の人間性の描写」、最後に「ヒロイックさの排除」という3点に集約されるのではないでしょうか。
この3つが重なり合った時に生まれるのが、ただ映画を「世界のどこかでおきた悲惨な物語」として享受して涙するのではなく、「どう生きるか」を考えるための手触り感のある「追体験」。
それはただの「こんな人がこの事件で犠牲者を救ったんですよ、凄いでしょ」という映画とは全く異なる経験を与えてくれるものでした。

今回の「ホテル・ムンバイ」は、この「ユナイテッド93」の精神を引き継いだかのような誠実で真摯な姿勢と、緊迫感を強いる2時間の構成が素晴らしい傑作。
長編2本目で「ユナイテッド93」を撮ったポール・グリーングラスに負けず劣らず、数本の短編経験のみの中、長編映画監督デビューでこれだけの作品を撮ったアンソニー・マラス監督はめちゃくちゃ注目したい監督となりました。

f:id:evisilli:20190929193207j:plain



1、細やかなエピソードを重ねて魅せる人間性
グランドホテル形式で、多くの人々が行きかうホテルを舞台に従業員、宿泊客、犯人と3サイドの人間たちの様子を描く群像劇でもある本作。
ともすれば、何人ものキャラクター背景をだらだらと説明するような導入になってしまいがちな群像劇の難しさを、エピソードの選び方とさりげない積み重ねで回避している所にも監督の手腕が光っていました。
靴を忘れた従業員アルジュンと、彼らの規律を厳しくも包み込むように纏める料理長。
建築家デイヴィットとその妻、そしてシッターとの信頼関係。
家族へ渡すお金のため、“兄弟”への忠誠のため、このテロに身を投じる犯人たち。
特に「お客さまは神様だ」という従業員たちが繰り返すホテルマン・ホテルウーマンとしての規律を、多角的な側面から切り取って見せる事でその考え方の違いや変化を描写している所が素晴らしかった。
盲目的に繰り返す者、敬意として重んじる者、その意味を正しくまっとうしようとする者、家族を守ることを選んだ者、その言葉に甘えていた宿泊客の心の変化・・・
どれも批判することなく、どれもヒロイックに描かれることもないのですが、ただしその中でアルジャンの姿が好ましいという事は観る者が感じ取れるように描かれているのが、監督の絶妙なバランス感覚なのだろうと思います。

2、ドキュメンタリー“タッチ”の映像の力
傑作「ボーダーライン」のスタッフによる制作という事で、まあ約束されていた所はありますがやっぱり凄かった、臨場感ある映像。

ボーダーライン(字幕版)
 

映画である以上、それはあくまで整理され、計算された脚本のもとに構築される映像表現で、あくまで「リアルっぽさ」なんだけど、その作為こそが私が好きなポイント。
今回に関して言えば、事件発生からおよそ10時間もの立てこもり事件でありながら、ホテル内の犯人は4人のみで、1階入り口にも1人が待機しているのみ。
ホテルは広く、壁も割と凹凸があって、勇気さえあれば壁伝いに脱出できそうな気配さえある構造。
(映画としては、ここにキャラクターたちの背景を描く時間も必要)
その場に居合わせなかった私たちがそうした断片的な情報だけで甘く見がちな要素を蹴散らし、“外野”でいる余地を与えず引き込むのがドキュメンタリー“タッチ”の力なのだと思います。
突然のレストラン襲撃。
逃げ惑う人々が駆け込んだ先のホテルで、しかし再び始まる殺戮劇。
一部屋づつ追い詰めていく犯人が、今どこにいるかわからない。
泣き叫ぶ赤ちゃんの声に掻き立てられる不安とストレス。
言葉のわからない犯人たちに拘束されるVIPたち。
その緩急のつけ方、畳みかけ方、ちょうどいいカメラのブレ方。
こうした作品の目的がその追体験性にあるのであれば、2時間という枠の中に緊迫感を濃縮する事に意味があるのです。
その点では、「ボーダーライン」のチームは2019年現在、最強です。

 

3、犯人側の人間性を描写することの意味とは
「追体験」ということにこうした「実際のテロ事件の映画化」の意味があると思っているのですが、その意味では「犯人側の人間性の描写」は理屈的には合致しません。
その場に居合わせたとして、私たちは犯人たちの犯行動機も理由も何もしることはないし、むしろ知りたくもないでしょう。
どんな理由があろうと、大量殺人を許すものでもありません。
ではなぜ、この要素が受け入れられているのか。
それは表現するのがなんとも難しい所ではあるのですが、仮に自分が狙われたとして、犯人の人柄や犯行動機が分かっている状況=“知っている人”に“見に覚えのある理由で襲撃される” レベルまで事件の解像度をあげる事が、事件を自分事としてとらえる余地を広げることになっているのかなあとぼんやり思っています。
そうした部分があると同時に、犯人側の情報は通常事件後にニュースや資料を見なければわからない事であり、ある意味一歩さがって事件の全体像を俯瞰的に見ていることにもなる。
引いては「どうしたら事件を防げたのか」を考えること、それがこうした映画の製作を続けることの意義だと思うと、自分事化と俯瞰視点の双方をもたらす描写が上手く成立することは、作品への没入感と情報網羅性を高めることになるのかな。
今作でも、犯人側は全て少年たち。
首謀者に電話で指示されたままに、犯行に及んでいく彼らの動機は、家族のためであったり、お金が必要であったり、ただ神の言葉の解釈を捻じ曲げられただけであったり。
広い世界を知る事ができていたら、首謀者以外のメンターに出会っていたら、生活に困らない程度のお金を稼げていたら、、、こうした事に足を踏み入れる事もなかったのではないか。
こうして作られた作品が、多くの人々の視線を事件やその背景に目を向けるきっかけとなれば良いなと思っています。

----

 

役者は皆好演!
主演のデヴ・パテルは「スラムドッグ・ミリオネア」でハリウッド進出して以降、こうしたインドが舞台の作品などにもコンスタントに出演していますが、どんどん顔つきが精悍になってきていて、演技もやっぱり安定感あるなあと思います。

f:id:evisilli:20190929203306j:plain

 

アメリカ人建築家役のアーミー・ハマー
裕福で心が広い、そんな役柄がいつもぴったりはまる彼。

f:id:evisilli:20190929203456j:plain

 

奥さん役のナザニン・ボディアニさんは初めて見ましたが、ミラ・クニスのような美貌と凛としたたたずまいが素敵な女優さんでした。

f:id:evisilli:20190929203907j:plain

 

「ホテル・ムンバイ」は全国公開中。

 

※画像は全てimdbより引用

----------------

 

最後に、「ユナイテッド93」以外の「実際のテロ事件の映画化」作品のおすすめをいくつかご紹介します。

◆「7月22日」
ノルウェー・ウトヤ島で起きた無差別殺人事件の全貌に迫るポール・グリーングラス監督によるNETFLIX作品。事件そのものはもちろんながら、その後の犯人と被害者たちとの法廷でのやりとりにも重きをおいた作品です。

 

◆「キャプテン・フィリップス」

こちらも同じくポール・グリーングラス監督作品。
2009年に発生した「マースク・アラバマ号」乗っ取り事件を題材に、犯人に立ち向かったフィリップス船長をメインに据えた作品ですが、犯人役を演じた新人バーカッド・アブディの見事な演技と描き方も強く印象に残っています。

 

◆「パトリオット・デイ」
ピーター・バーグ監督×マーク・ウォルバーグという黄金コンビの作品。
2013年に発生したボストンマラソン爆弾テロ事件の事件発生からわずか102時間で犯人逮捕に至った顛末を描いています。

パトリオット・デイ(字幕版)
 

 

◆「15時17分、パリ行き」
こちらはクリント・イーストウッド監督作品。
実際に事件を食い止めた本人たちを本人役で起用するというミラクル技を使っています。事件そのものよりも、彼らの幼少期からの絆と人格形成の断片をみせながら、事件解決へと連なっていく運命性を感じさせる作品。 

15時17分、パリ行き(字幕版)

15時17分、パリ行き(字幕版)

 

 

◆<番外編>「クーデター」
ジョン・エリック・ドゥードル監督×オーウェン・ウィルソン主演。
公式にはオリジナル脚本とされていて舞台となる国も明かしていませんが、どう見ても2014年のタイでの軍事クーデターを題材としていることは明らか。
冒頭のホテル襲撃シーンのシチュエーションは本作とも似ていますが、その数の暴力といい、軍事力といい、恐らくこの作品群の中でも群を抜くほど恐ろしかった…。

クーデター(字幕版)

クーデター(字幕版)

 

 

気になる作品があったら、是非見てみてくださいね。

「いなくなれ、群青」感想 ~そうとは知らずに「愛」の本質を突き進む少年の、蒼すぎるラブストーリー【おすすめ度:★★★★】

「階段島」シリーズの第1作目「いなくなれ、群青」を原作とする青春ミステリー。
どこまでも蒼く、眩しいほどに真っすぐに、人を愛するという事の神秘的な側面を感じさせる原作のエッセンスに満ち溢れた映像化となっています。

 

★「いなくなれ、群青」

f:id:evisilli:20190907114842j:plain

監督:柳明菜

キャスト:横浜流星、飯豊まりえ、矢作穂香

 

◆予告編◆

www.youtube.com


◆あらすじ◆

“捨てられた”人たちの島、階段島。
島の人たちは誰もが自分がなぜこの島に来たかを知らない。
特に疑問を抱くことがなかった七草の島での高校生活は平穏な時間だったが、
幼なじみの真辺由宇との再会により状況は一変する

 

◆感想(途中までネタバレなし)◆
おそらくこの作品は、原作についてお話しなければ始まらないのではないでしょうか。
原作「階段島」シリーズは、かくいう私も1作目しか読めていませんが、ファンタジー要素も、難解で哲学的な要素も含みながら、青春のきらめきを神秘的に閉じ込めた宝石のような作品。
私がプロデューサーだったら映像化したい作品ランキングの上位に入り続けていたベストセラー小説です。

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

いなくなれ、群青 (新潮文庫nex)

 

 

少々読みにくさもありますが、細やかな情景まで浮かぶ繊細な描写、悩める若者たちのヒリヒリするような焦燥感、そして何より主人公「七草」がヒロイン「真辺由宇」に抱いている想いのあまりに美しく汚れの無い真っすぐさに、心を撃たれるような衝撃を感じた作品です。

ただ、その設定上の哲学的な要素やファンタジー要素、神秘的な自然にあふれた孤島の中でのお話といった要素から、映像化はとても難しいだろうなと思っていたんですが・・・まさかここまでイメージ通りに、いやそれ以上に映像化されるとは!


展開・エピソード自体はいじりつつも原作が伝えんとしているメッセージを損なわず、そしてイメージしていた以上にビジュアルで「ああ、いなくなれ群青だわ」と感じさせる表現を繰り出す、その原作リスペクトをつよく感じる出来あがりの素晴らしさに正直びっくり。
アニメではなく、あくまで実写でこの物語を映像化出来たことはとても嬉しく感じます。


※ここから原作含めネタバレあります※

f:id:evisilli:20190907123450j:plain




この作品の大きな仕掛けは「この島に住む“人々”は、“自分自身”によって捨てられた“人格”」であるという設定
そもそも、こんな残酷で美しい設定、作れます?
この時点で私はこの「いなくなれ、群青」が大好きなんです。

そして、そんな人格たちのほとんどが中高生世代の若者たちであるという事。
成長していく過程の中で脱ぎ捨てられていく人格たちは、そんなことさえ知らずにこの島での生活に不満を抱かずただ日々を生きていくーーー
その残酷さと、誰もがうっすらと身に覚えがあるからこそ感じる痛みは、初めて原作を読んだ時から私の心をつかんで離しません。

なので、映画版があくまで「青春ミステリー」として第2作目の要素もミックスして再構築されている事は、正しい判断ではないでしょうか?
2時間の尺におさめる事を考えた時、ミステリー要素を最低限に抑えて青春映画として再構築した本作の脚色は、私でもそうしていただろうととても納得感がありました。

そのもっとも重要な理由は、本作の魅力はここまで深い「愛」を、それと知らずに高校生の少年が自らの言葉のままに綴る物語だということにあるから。

七草は「真辺由宇」を愛しています。
でもその“愛してる”は「彼氏になりたい」とか「気持ちに答えてほしい」などではなく、今のまま、ありのままで、ただ深い宇宙の闇の彼方で光輝く星<ピストルスター>でいてほしいというもの。
理想主義者で、融通のきかない、でもとてもやさしくつよい女性、真辺由宇。

だから、その“人格”そのものを愛したからこそ、そんな彼女がこの“捨てられた人格の島、階段島”に降り立ってしまったことが、なにより七草は許せないのです。
自分が愛したあの“人格”を、なぜ彼女は捨てたのか?
そんなことがある世の中は許されない。

振り返っていくと、現実世界で中学生時代も共に過ごしているふたりは、理想主義者の真辺由宇と悲観論者の七草というぶつかり合ってしまう人格を持っていて、ともに惹かれ合いながらもありのままの状態で共存することがとても難しかったのです。
ふたりは離れるものの、それぞれにそんな自分の人格をこの階段島に投げ捨てて現実世界で自らの愛にもがこうとする。
真辺由宇が現実世界でありのままでいるためであれば、悲観論者という自分の人格は彼女の近くにいない方が良い・・・だから七草はこの島がきらいではありません。

だけど階段島で、その捨てられた理想主義者と悲観論者が再び出会ってしまう。

そうして、現実世界のために捨てられた七草の人格が、そんな現実世界を許さない、「真辺由宇は真辺由宇のままで完璧な存在なんだ」とばかりに彼女を現実へ戻そうとするためにもがく姿は、あまりに純粋で本質的なラブストーリーではないでしょうか。
自己犠牲的な部分以上に、ありのままの誰かを愛するということを、高校生がそれと知らずに体現し、自分の出来る範囲内でもがく姿に乗せて描くというこの物語の挑戦は、小説から映画へと素晴らしい形で昇華されていました。

主演の横浜流星くん。
「青の帰り道」でとても良いなあと思った彼は、語りも多く、感情の起伏が少なくとても難しいこの七草という役を、それでも芯の通った想いをもった等身大の高校生として
体現してすごく良かった。

f:id:evisilli:20190907115347j:plain


重要な真辺由宇役の飯豊まりえさん。
正直彼女を作品でちゃんと拝見した事がないので映画化が発表された時はしっくり来ていなかったのだけど、これまたとても良かった。

f:id:evisilli:20190907115412j:plain


脇を固めるキャストも良かったのですが、出色だったのは堀役の矢作穂香さん。
橋本環奈さんのような美貌で、どこか浮世離れした存在感。
カメラマンさんに愛されているとしか思えない、絶妙な世界からの浮遊ぶりの演出も素晴らしく、また一人期待の女優さんが現れたなあと。

f:id:evisilli:20190907115435j:plain


監督の柳明菜さんは舞台のプロジェクションマッピングなどをされている方という事でしたが、長編1本目としては(駆け足気味ではありますが)とても丁寧な纏め方をされていて好印象。

そしてね、撮影監督の安藤広樹さん!
CMやMVをメインに手掛けられている方ですが1年?2年?ほど前に見た古川原壮志監督の短編映画「なぎさ」でも撮影をされていて、これがめっっちゃくちゃよかったのです。

www.youtube.com


かなり色味をいじる方なのですが、今回のグレーディングも独特の蒼さが好きでした。
そして、何より思春期の少年少女の揺れ動く感情の捉え方が素晴らしい。
自然光の取り入れ方、アップの使い方。
(というか、制作陣「なぎさ」観てますねきっと。)

今回、階段島という特殊な設定を再現するのにも成功していて、どこか分からない自然豊かな島、どこまでも続く階段、雲に覆われた山の上、どこまでも続く海岸線などのロケーション撮影もとても良かったです。
これから映画にも関わって行かれるのだとしたら、「ユリゴコロ」「デイアンドナイト」などの「誰が撮ってるか観て分かる」撮影監督である今村圭佑さんのように活躍して欲しいなあ。

(でもちょっとピントがあっていない所があった気がするのですが、あれは演出かな…?)

そんな「いなくなれ、群青」は全国公開中。
是非原作と合わせて鑑賞してみてくださいね。


※画像は全て映画.comから引用
(C)河野裕/新潮社 (C)2019 映画「いなくなれ、群青」製作委員会

「ロケットマン」感想 ~愛情はすべて歌詞に刻まれている【おすすめ度:★★★★】

 「ボヘミアン・ラプソディ」の製作を混乱の中から救い出し特大ヒット&アカデミー賞にまで導いたデクスター・フレッチャー監督が手掛ける新作は、エルトン・ジョンの半生を描くミュージカルドラマ。

「ボヘミアン・ラプソディ」とはまた異なる、素晴らしい伝記ミュージカルが誕生しました。

 

★ロケットマン

f:id:evisilli:20190901192852j:plain

監督:デクスター・フレッチャー

キャスト:タロン・エジャートン、ジェイミー・ベル、リチャード・マッデン、ブライス・ダラス・ハワード

 

◆予告編◆

www.youtube.com

 

◆あらすじ◆

イギリス郊外で両親の愛を得る事なく育った少年・レジ―。
音楽の才能に恵まれていた彼は、“エルトン・ジョン”という名前で音楽活動を始める。
後に生涯の友人となるバーニーとも出会い、レコードの発売も決定、その道のりは順風満帆に見えたがー。

 

◆感想(途中までネタバレ無し)◆

正直、鑑賞前までのエルトン・ジョンについての認識は、「物凄く音楽の才能を持った、ちょっと変わった人」というものでした。
著名な楽曲はいくつか知っていたけれど、50年にも渡る活動やその楽曲制作の詳細については全くといっていいほど知らなかった私がなぜこの映画を観たいと思ったのかというと、それは本作の製作にまつわる愛と敬意に溢れた繋がりの構図が素晴らしいなと思ったからです。

本作の製作の情報が出たのは恐らく2013年頃。


この頃はトム・ハーディが主演予定で、しかも監督予定は後に「グレイテスト・ショーマン」を監督することになるマイケル・グレイシー!

そこから事が具体的に進みだしたのは2017年夏頃タロン・エジャトンが主演候補に躍り出た所から。


この頃には監督候補が「キングスマン」のマシュー・ヴォーンに変わっていたわけですが、彼が監督しタロン君が主演する「キングスマン ゴールデン・サークル」にエルトン・ジョンがまさかのカメオ出演することになり、この3者が繋がる事になります。

そして、実際に監督することになるデクスター・フレッチャーもこの時製作として関与しており、彼は「イーグル・ジャンプ」(日本未公開)でタロン君を主演に据えて映画を撮ったばかりでもありました。
さらにちょうどその頃、2017年夏にはイルミネーションスタジオ製作のミュージカルアニメ「シング」で、タロン君はエルトンの「I'm Still Standing」をカバーして素晴らしい歌唱力を披露。

 

この「シング」で見せた実力と、「キングスマン ゴールデン・サークル」撮影現場での本人を見て、エルトン本人がマシュー・ボーンに「タロン君でどうよ?」と言ったそうな。(マシューが推薦したという説もあるけどこの際どっちでもいい!)
企画があがっては流れていく映画業界で、既に4年動いていない企画は塩漬けコースを辿るのが常ですが、エルトン諦めていなかったんだね。
そして、彼が見つけてプッシュした才能=タロン・エジャトンを、マシュー・ヴォーンもデクスター・フレッチャーもよく知って信頼していたからこそ、一気に企画が動きだしたわけです。

映画の企画や製作の立ち上がりを横目に見ていた経験がある身なので、いくら素晴らしい企画であろうと、それを実現しようとする人や会社が集まらない限りその作品が世に出る事はないという事実を知っています。
だからこそ、登場人物が見えるからこそ、こうして実力と信頼で輪が繋がって作品が出来上がったという過程自体が既に最高のエンターテインメント!
そして、作品自体もそんな製作過程のドラマに引けを取らない素晴らしい内容になってます。

 

 

※ここからネタバレあり※

 

 

どうしたって「ボヘミアン・ラプソディ」と比べられがちな本作ですが、観てみれば一目遼前でそんな比較が意味をなさない作品だとわかるのではないでしょうか。

1.内省的な歌詞が物語と相互作用する、理想的なミュージカル映画

初めてエルトンの曲をちゃんと聴いたのですが、ここまで内省的な楽曲だったことに驚き。
作品の構成上「歌詞」が果たす役割が非常に大きくなっていたことでその事実に気づいたわけですが、だからこそそれが「ボヘミアン・ラプソディ」とは全く違う印象、全く違う作品となったのかなと。
嘘もなく、自己弁護もなく、ゲイであること、ドラッグ中毒、セックス中毒、買い物依存症…etc.自分を全てありのままに出し切り、愛に飢えていた少年が音楽の才能を開花させ、もてはやされてもなお孤独を感じ、愛されたくてもがき苦しんでいる様を描くという内容。

エルトンの楽曲の「歌詞」は、そんな赤裸々な内容や心情をダイレクトに表現する作品内の表現手段としても完璧に機能しており、その歌詞と物語との絡み合うようなつながりの深さに感嘆しました。
楽曲を使い、ミュージカルという表現手段を取る意味を、ここまで感じさせる映画も久々。
そしてそれ自体が「パフォーマンスという目に見える華美さに包んで、個人の内面と物語を歌詞として届ける」という、エルトンの楽曲とパフォーマンスをミュージカル映画という形にトレースしたかのようになっているのが、非常に面白かったです。

f:id:evisilli:20190901193529j:plain

 

 

2,作詞家バーニーへのラブレター

そんな本作の超キーポイント「歌詞」。
これもまた全く知らなかったのですが、エルトンの楽曲の歌詞は50年来作詞家バーニー・トービンがパートナーとして書いているんですね。
そんな2人が、たまたまレコード会社に応募していたバーニーの歌詞をきっかけに知り合い、逢ったその日から意気投合して楽曲を共創していく過程はとてもエネルギッシュ。

そして、そんな積み重ねの先に、あまりに自然に出来上がる名曲「Your Song」の素晴らしいこと!
悩みに悩んで出来上がった曲ではありません。
家を追い出され、エルトンの実家に2人で転がりこんだ翌朝。
朝食を食べる家族に囲まれながら、筆を進めていたバーニーがふとエルトンに渡した一枚の紙きれ。
それを見るなり「卵があった」とつぶやいてピアノに向かうエルトン。
ありのままの自分とエルトンの姿を見ながら綴られたバーニーの歌詞と、それを見るなり、溢れ出るかのようにピアノを叩くエルトンの指から紡がれる美しいメロディ。

「創作」において、わかりあえるパートナーとの共創、そしてその存在がどれだけ素晴らしいものかが一瞬で伝わる美しいエピソードであり、歌うエルトンの姿をそばでみながら思わず微笑んでしまうバーニーの笑顔の切り取り方に、どれだけ制作陣の愛情が込められていたことか…珠玉のシーンです。

f:id:evisilli:20190901193859j:plain


そう、今回の影の主役は作詞家・バーニー。
結局、「彼氏」という形でバーニーの愛情を得る事はできなかったエルトンですが、バーニーはその事実をしっかり伝えながらも、エルトンの人となりと才能を愛し、一番近くでエルトンの心を受け止めて歌詞を書き続け、何かあればサポートしてくれていました。
そして、エルトン自身もただ性的な意味でバーニーをみていたわけではなく、人として、創作者として、様々な意味を含めて愛しているのであり、このふたりを繋いでいる「敬愛」「兄弟愛」「片割れ」的な関係性への描写の力の入り方には、エルトンをここまで支え、そして彼の「愛されたい」という呪縛を解き放ってくれたバーニーへの賛歌のような意味合いを感じました。

f:id:evisilli:20190901193733j:plain

 

 

3.「愛されたい」呪縛からの解放、自己肯定の物語

本作は、83年の「I'm Still Standing」発表までという、エルトンの半生にしてはだいぶ早い段階でエンディングを迎えています。
その後に控える大きな成功などはエンディングでさくさくっとすませてしまうあたり、そうした偉業を描く事が目的ではないことは明白。

そう、これは幼少期のトラウマ(愛の無い毒親)から「愛されたい」願望に雁字搦めになっていたエルトンが、「自分自身を愛してあげることが出来るようになるまでの物語」。
それが結実した瞬間がこの83年の「I'm Still Standing」なのではないでしょうか。

I'm Still Standingの本編/MV比較動画付きエンディングシーン!

www.youtube.com

 

誰もがエルトンと聞いて一番に思い描くであろうあのド派手な衣装は、そんな愛を渇望する孤独な自分を隠して戦うためのある意味戦闘服。
そんな戦闘服を着せられて、ステージ裏からステージへと飛び出していった際の、あの変わりよう!
2,3回ほどその様子を長回しで描くカットがありましたが、その嫌味の無いシームレスな演出とタロン君の演技のなめらかさに見入りつつ、そんな戦闘服を着てステージに立って道化のように振る舞うことがまるでベルトコンベアのように行われていたら、そりゃ自己認識のバランスも崩れるわ…と胸がぎゅっとなった瞬間でもあります。

でも、この「I'm Still Standing」では、まるで全てをリセットするかのようにまっさらな白いスーツで、華美な装飾を取り払っています。
様々な出会いと別れを経て、自殺未遂さえ犯したエルトンでしたが、リハブ施設に尋ねてきたバーニーから「自分で立ち直れ」という言葉と共に渡されたのがこの「I'm Still Standing」の歌詞。

 

Don’t you know I’m still standing better than I ever did?
Looking like a true survivor, feeling like a little kid

And I’m still standing after all this time
Picking up the pieces of my life without you on my mind

いいかい? 僕はこうして立っているんだ、今までよりもずっと確かに
まるで真の生存者みたいに、ちっちゃな子供の心をしたまま

いろいろあったけど、僕はまだ立っている
君の事を頭から追い払って、人生の欠片を拾い集めているのさ

       - I'm Still Standingの歌詞から抜粋

 

これだけ自身の事を知り尽くした相棒から渡された「僕はまだ終わっちゃいない」と謳う歌詞に、どれだけ奮い立たされたことか。
そうして、幼い日の自分自身=レジーを抱き寄せ、ハグをしてあげることの出来たエルトンは、「自分自身を愛する」ことを手にして人生の第二章を歩み始めました。

エルトンがタロン君に口をすっぱくして言っていたという言葉があります。
「僕のコピーを演じるな」
そう、この「ロケットマン」が伝えたかった事は、エルトンの半生の偉大さではなく、自分を肯定してあげる事の尊さ。
「愛されたい」と思う全ての人の気持ちを受け止めながらも、「自分で自分を愛してあげること」をこうも優しく刻んでくれる作品はなかなか無かったのではないでしょうか。
その過程をこれほどビビッドに体現してきたエルトン・ジョンという人のキャラクター、物語、そして楽曲が持つ力に、タロン・エジャトンの不思議なほど引力のある歌声とつい愛でたくなってしまう魅力。
本作は、「彼を演じるために生まれてきた」と言っても過言ではない主演を得たことで、モデルと演者のケミストリーによって作品のメッセージが拡張された稀有な作品になったのではないでしょうか。

f:id:evisilli:20190901194035j:plain



とにかく最高だった「ロケットマン」。
書ききれなかったけど、エルトンのマネージャーになるジョン・リード役はリチャード・マッデンで、しかも結構な鬼の所業をやらかす冷酷な役!

これが「ボヘミアン・ラプソディ」で同じ役を演じたのはなんとエイダン・ギレンということで、「ゲーム・オブ・スローンズ」好きにはなんとも奇遇な縁ですね。


「ロケットマン」は全国公開中!
サントラもオススメです!

 

ロケットマン(オリジナル・サウンドトラック)

ロケットマン(オリジナル・サウンドトラック)

  • アーティスト: サントラ,ジェイソン・ペニーコーク,アレクシア・カディム,デニー・ランデル,サンディ・リンザー,エルトン・ジョン,バーニー・トーピン
  • 出版社/メーカー: ユニバーサル ミュージック
  • 発売日: 2019/08/07
  • メディア: CD
  • この商品を含むブログを見る
 
ロケットマン (オリジナル・サウンドトラック)

ロケットマン (オリジナル・サウンドトラック)

  • アーティスト: エルトン・ジョン& タロン・エガートン
  • 出版社/メーカー: Virgin EMI
  • 発売日: 2019/05/24
  • メディア: MP3 ダウンロード
  • この商品を含むブログを見る
 

 

※画像は全てimdbより引用

「ペーパーハウス」シーズン3(ネットフリックスオリジナル/海外ドラマ) 感想 ~情熱の赤とダリのお面を纏った、愛に生きる強盗団【おすすめ度:★★★★】

NETFLIXでもっとも視聴された非英語圏ドラマとして絶大な人気を博したシーズン1・2に続き、シーズン3がリリースされた「ペーパーハウス」。
スタイリッシュで人間臭い最高の犯罪ドラマの新章が幕を開けます。
今回も最高ー!!

 

★ペーパーハウス シーズン3

f:id:evisilli:20190728222548j:plain

メインクリエイター:アレックス・ピナ(Alex Pina)
キャスト:ウルスラ・コルベロ(ÚrsulaCorberó)、アルヴァロ・モルテ(Alvato Morte)、アルバ・フローレス(Alba Flores)、ペドロ・アロンソ(Pedro Alonso)、Itziar Ituño

 

◆予告編◆

www.youtube.com

 

◆あらすじ◆

あのスペイン王立造幣局襲撃事件の後、散り散りになってその後の人生を謳歌していた強盗団の面々。
しかし、リオが捕まったことをきっかけに、彼らが再び集結するー。

 

◆感想◆
※シーズン1・2のネタバレをしています。
※シーズン3についてはほぼほぼネタバレしていません。

シーズン3に入る前に、シーズン1・2の感想とキャラ紹介はこちらをどうぞ。
全22話で一つの強盗計画を描いた、スペイン製のドラマシリーズです。

www.evisilli.website


こちらの記事でも書きましたが、このドラマシリーズのオススメポイントは、

1、一癖もふた癖もある美男美女揃いで人間臭い強盗団メンバー

2、ピンチも全て織り込み済み!?教授の完璧な強盗計画と、なりふり構わぬ遂行ぶり

3、強盗ものの鉄則を抑えた、スタイリッシュでちょっとエモい映像

4、少しづつ計画を崩していく、強盗と人質それぞれの恋愛模様

と、「アマチュア犯罪集団」「色恋事情が絡む」といった、ともすれば嫌われそうな要素が強いながらも、二転三転する物語と魅力的なキャラクター像がそれ以上にせり上がってくる脚本・演出の上手さ、そしてその色恋事情に厚みを持たせる華やかなキャスト陣の魅力が何よりの見どころです。


今回のシーズン3は、強盗計画完遂後、散り散りになって逃亡生活を送っていた強盗団が、ある目的のために再び集結する所からスタート。
その目的とは、トーキョーと恋仲となり2人で楽園生活を送っていたさんか、身柄を捉えられ拷問を受けているリオの救出。
リオを失って教授に助けを求めたトーキョーは、彼の声掛けで集まったかつての仲間、ナイロビ、ヘルシンキ、デンバー、そしてデンバーと恋仲となり子供も生まれたモニカことストックホルム、教授と共に生きるために警察を裏切って仲間となったラケルことリスボン、彼らにリオの救出に協力するよう訴えかけ、彼らもその声に答えます。

前回から引き続きの部分も多くありますが、今回のシーズン3の大きな見どころはこの5つ!

1、造幣局内からスペイン社会へと舞台を広げ、反体制派のアイコンへと変わったダリのお面の強盗団
前作でただただ「カッコいい」という印象だった、強盗団のメンバーが愛用するダリのお面は、社会の決定権を握り、裏で悪事を働く国や政府に対抗する彼ら強盗団を「反体制派」の象徴として押し上げるアイコンとなり、そうした民衆の力を借りた「劇場型の犯罪チーム」として今回の彼らは動く事になります。
スペイン銀行の中での出来事と、その影響で国民がどう自分たちを受けとめ、彼らがどう行動するのかまでを計算した教授の計画。
自らを義賊的に演出することで強盗の舞台となるスペイン銀行外に“同士”を増やし、リオ救出に向けて世論を動かし、さらには「なぜスペイン銀行を狙うのか」という「本当の狙い」も正しくその計画戦上にあるという構造の上手さは相変わらず。
もともとシーズン1・2でも「血を流さず、誰のお金も盗まず、大衆を見方につける」という信念を持っていた教授の計画の元にアウトロー的なメンバーが集結しているからこそ、この方向性の発展も非常にうまくいっていて、より「彼らの仲間になりたい!」と思える魅力が増しています。

 

2、既存キャラの掘り下げが泣ける!愛に生きる激情型のメンバーたち

シーズン1・2の群像劇感が好きな方は、もしかしたらそこが少し薄れた事を残念に思うかもしれませんが、今回のシーズン3は既存キャラの掘り下げを大切にしていたと思います。
そもそも、これだけ「愛に生きる」ことを肯定された犯罪ドラマも珍しい。
普通であれば「強盗計画中なのに色恋にうつつを抜かせて、計画を混乱させて、あいつ何やってるんだよ!」と思うかもしれませんし、事実チラチラとそう思う瞬間もなくはなかったシーズン1・2。
ですが、観終わって思ったことは「人を愛すること以上に大切なことなんてあるのか?」ということ。
普通であればイライラ要素になりがちなこのエッセンスが、なぜ反対にこれだけ物語を豊かなものにしているのか?
それこそ、スペイン出身の彼ら俳優陣の根っこに流れる豊かな情、激しい情、そうした体の底から湧き上がるものの魅力なのではないかと思っています。
情熱の国・スペイン制作のドラマだからこそ出来るオリジナリティじゃないかなあ。

今回、メンバーの中でも特に切ない背景を持つナイロビの魅力が輝いていたのは言うまでもありません。
過去の失敗から人生をやり直すための計画、そして出会ってしまった叶わぬ恋、未来への希望の矢先に起きた不幸。
快活でかっこいい姐御肌の彼女が背負う後悔の念、そして深い愛情に涙するしかありません。

f:id:evisilli:20190728223925j:plain


3、強敵アリシア・シエラ現る

シーズン1・2のラケルと警察組織は正直有能とは言い難く、それは強盗団の計画が遂行されていく心地よさを重視した結果のものではありました。
しかし、シーズン3の敵は強い!
妊婦でありながら、いくらでも拷問を仕掛け、アメとムチを使いこなして精神的に追い込む女交渉人アリシアの容赦なさ。
彼女は、アメ玉を転がしながら教授との会話をコントロールしていく余裕っぷりや、単純にキャラクターとして目を引くぐらいに華のあるビジュアル造形(ポニーテールが決まってる)など、とても魅力的なキャラクターになっています。
しかし!
まじで教授やナイロビへ与えた精神的苦痛は許すまじ…。
どこか大きく相手を包み込むような母性を感じさせながら、一抹の情もなく相手の弱点を鋭く突き刺しに来るえぐさとのバランスが素晴らしいキャラクターです。

f:id:evisilli:20190728223943j:plain


4、「スペイン版 笑ってはいけない」!?教授のなりふり構わない頑張りぶり

シーズン1・2でも見どころだった、施設外から強盗団に指示を出す教授のなりふり構わなさがさらにエスカレート。
本当に、事件の黒幕にあたる存在がイケメンで色男でそしてお笑い担当って、キャラクター設定が盛りすぎだと思うのですが、それさえも軽やかにこなしていくアルヴァロ・モルテさんの魅力が今回もまた詰まりまくっています。
天才なので機転は回るんだけど、実行するときには緊張でぷるぷるして挙動が可笑しくなってしまうという美味しすぎるキャラクター設定。
私はシーズン1のときにころっと教授というキャラクタ―と演じるアルヴァロ・モルテさんが大好きになってしまいましたが、相変わらずシーズン3でも素敵です。

f:id:evisilli:20190728224003j:plain

 

5、スタイリッシュな映像、テンポの良い編集もパワーアップ!

映像のセンスはシーズン1・2でも見どころの一つでしたが、シーズン3ではさらにパワーアップ。
今回、前作で亡くなってしまったベルリンを登場させるという狙いのもと、「あの造幣局強盗とこのスペイン銀行の強盗、どちらも事前にベルリンと教授との間で話し合われていたものだった」とする回想シーンが登場します。
強盗事件の狙いをより深めるための「教授の解説(お勉強会)シーン」が適宜挟まれる演出なども引き続き健在で、いくつかの時制が混在する、ともすれば混乱を招きかねない構成となっていますがそのあたりもうまく捌いていた印象。
音楽のセンスの良さも相変わらずで、やはり銃撃シーンの魅せ方やここぞという場面での映像との合わせ方やテンポの良い編集に見入ってしまいます。
今回の見せ場の一つである「金塊のプール」という奇想天外な強奪アイディアも、ビジュアル的にめちゃくちゃ新鮮で素晴らしかった。

 

f:id:evisilli:20190728224024j:plain

トーキョーも相変わらず小悪魔美女。その髪型似合うの貴方だけです。

 

全8話と少な目の話数で終了したシーズン3はかなりのクリフハンガーで終了しており、シーズン4更新決定はおそらくもうすぐ発表されるのではないでしょうか?
ラストにアリシアがもたらした二つの精神攻撃が、彼らの中に「復讐心」を植え付けてしまったのではないでしょうか…?

配信は・・・恐らく1年半後ぐらいかな?楽しみに待ちましょう!

 

※画像は全てimdbより引用

「トイ・ストーリー4」感想 ~変化し、成長してきたシリーズの到達点【おすすめ度:★★★★】

素晴らしいエンディングで締められた「3」からの、まさかの続編の登場。

子供の成長のように時代と共に変化してきたおもちゃたちの“生き様”を描くシリーズ第4作。

★トイ・ストーリー4

f:id:evisilli:20190714163724j:plain

監督:ジョシュ・クーリー

声のキャスト:トム・ハンクス、ティム・アレン、アニー・ポッツ

 

◆予告編◆

 

◆あらすじ◆

ウッディたちの新しい持ち主・ボニーの今一番のお気に入り、フォーキー。フォークやモールでできたフォーキーは自分を「ゴミ」だと認識し、ゴミ箱に捨てられようとボニーのもとを逃げ出してしまう。フォーキーを連れ戻しに行ったウッディは、その帰り道に通りがかったアンティークショップでかつての仲間ボー・ピープのランプを発見する。一方、なかなか戻ってこないウッディとフォーキーを心配したバズたちも2人の捜索に乗り出すが……。

 

◆感想(ネタバレあり)◆

ちょっと白状すると、「1」「2」はいつぞやテレビで放送していた時に見たきりで内容を鮮明には憶えていません。
世間では「シリーズへの思い入れによって受け取り方が違う」と言われていたりしますが、そんな状態でも「3」のオープニング&エンディングには、嗚咽をもらすほどの大号泣。
そして迎えた「4」は…やっぱり嗚咽をもらすほどの大号泣でした。

 

そもそも「3」が私に刺さったポイントというのは、「2」までの持ち主であったアンディが成長しおもちゃを手放すタイミングを実際の年月の経過に合わせて狙い(=「2」までを見ていた子供たちがアンディと同様に大人になる頃を見計らって制作し)、ボニーへの継承というイベントを通して「おもちゃの役割とは何なのか?」という事をより一般化して刻み付けた脚本の素晴らしさでした。
アンディの成長と同様にウッディが、そして作品自体が大人になっていく変化と成長の過程を目撃した気がして、あまりに想像の先を行く成熟した制作陣の考えと描き方に心を揺さぶられたわけです。

 

そこにまさかの続編登場…!
シリーズへの思い入れという意味ではそこまでではなかったものの、正直あの完璧すぎる「3」の後に続編を敢えて作る必要性を、鑑賞前まで見出しきれずにいました。

 

…ありましたよ、「4」を作らなくてはならない意味が。
このブログでは、完全に「賛成派」としての感想を書いていきます。

1、作品自体が変化し成長していくシリーズ

そもそも私は、「トイ・ストーリー」をそこまで“おもちゃたちの話”として見ていません。
ピクサー作品が描くのはいつも、それがモンスターであれおもちゃであれ、私たち人間に置き換えても通用する物語ばかり。
近年の作品の中で最も好きなのは「モンスターズ・ユニバーシティ」なんですが、この作品は「やりたい事では輝けなくても、その傍にあなたの輝ける場所があるかもしれない」という、残酷さと希望を持ち合わせた人生を描き出します。
追いかけてきた夢の実現とはすこし角度の異なる所で芽生える幸せな人生の可能性、それを描いて見せた、まさに私たち悩める現代人への賛歌のような物語です。


では「トイ・ストーリー」はどうかというと、それは「自身の役割とは何なのか?」を問い続ける物語ではないでしょうか?
「1」で、自分がおもちゃだという現実を叩きつけられながらも、それを受け入れ、全うしようとしたバズ。
「2」で、展示品となって未来永劫愛されるのか、それともおもちゃとして子供を楽しませるのかという選択を迫られ、迷いながらも後者を選択したウッディ。
「3」で、アンディの元を去っても、別の子供にとってのおもちゃとしての役割は続いていくんだと受け入れ、一歩を踏み出したウッディ、バズ、そして仲間たち。
そうやって時を経て、時代も持ち主も変わる中で、ただただ「おもちゃの役割と誇りはこうだ!」と同じ地点に居続けるのではなく、少しづつ移りかわり、大きな視点で考え、変化し、成長してきたシリーズ。
よくよく考えると、「4」が描いたメッセージは「3」のそれをもう一歩推し進めた、完全に地続きの物語のように思えます。

 

2、ウッディは「おもちゃとしての役割・誇り」を捨てたのか?

鑑賞済みの方々の間でちょっとした論争になっているこの視点。
これまで「おもちゃとしての役割・誇り」として、どんなときも子供のそばに寄り添い、その子が嬉しい時は一緒に喜び、悲しい時は慰めてあげるといった事を仲間たちに説き続けてきたウッディがボーと共に旅立つという結末は、確かにそうした役割や誇りの放棄のように見えるかもしれません。
だけど、私はそうは思いませんでした。
「3」でおもちゃという拠り所を卒業して大人になったアンディから、ボニーという今おもちゃの存在を必要としている子供のもとへと移っていった「変化」と同様、ボニーの新しいお気に入りであるフォーキーにおもちゃとしての誇りを受け継ぎ、おもちゃとして子供に愛され役に立ちたいと願うギャビー・ギャビーの背中を押したウッディは、特定の子供に所有されずもっと広い世界に飛び出していきます。
でも、移動遊園地のテキヤで子供たちがおもちゃを手に入れられるようにサポートするその姿からは、「多くの子供たちと、最愛の存在になるであろうおもちゃとの出会いを作る」という事へ自身の役割を変化させていったように感じました。
「旅に出る」ということが単なる自由の獲得という意味ではなく、そうした広い世界の中でなら、自身の誇りや信念を「1対1」ではなく「n対n」という形に置き換えて貢献できる事に気づいての行動なのではないかなと。
そのウッディの選択に、私は涙を禁じえませんでした。

f:id:evisilli:20190714165043j:plain

 

3、メンターとメンティとしてのウッディとフォーキー
自身をゴミだと信じて譲らず、ちょっと目を離すとゴミ箱にダイブしてしまう先割れフォークで出来た新キャラ・フォーキー。
この、人生のフェーズ感の異なるキャラクターとの出会いは、既に「おもちゃとしての役割・誇り」を持っていたウッディにとって非常に大きな出来事だったはず。
大きくなってウッディへの興味がなくなり、フォーキーを最愛の存在とするボニー。
その事実に傷つきながらも、ウッディはボニーを想う心からフォーキーにおもちゃとしての姿を説き、誇りを持たせることに成功します。
この時のウッディには、「自分が輝くことだけが“幸せ”ではない」という、自分ひとりの幸せより一段大きな「全ての子供とおもちゃの幸せ」という概念が頭をよぎったのではないでしょうか?
そして、それってウッディにとっての成長ではないでしょうか?

f:id:evisilli:20190714165102j:plain

 

4、最高の悪役でありヒロイン=ギャビー・ギャビー
そんなウッディの元に現れるアンティーク人形のギャビー・ギャビー。
個人的には、彼女の苦悩にぼろぼろ泣かされました。
ただただショップオーナーの孫娘ハーモニーの傍に居たくて、初期不良品として手に入れられなかった「声(再生機)」を探し求めるギャビー。
ガラス棚の中で、その日を待ちわびながらお茶会の練習をする姿を、フォーキーを通して見せる演出はさすがの一言。
ウッディの努力はもちろん、そうしたギャビーのピュアな想いがフォーキーにも伝播していく様を通して、ウッディ個人が最終的にもっと大局的な部分に乗り出していく過程が個人的にはとても良かったと思っています。

結局再生機を手にしたものの、ハーモニーに気に入ってもらえずに失意に陥るギャビーでしたが、ウッディらのサポートを受けて、別の迷子の子供を救う事に成功します。
ここを、「結局初期不良品のままではだめで、正常になったから成功したようにみえる」とおっしゃる意見も見かけましたが、どちらかというと「もともと持っていた「こどもの傍にいたい」というピュアな願いを実現するために、仲間のサポートのもと、一歩踏み出す勇気をふるった」ことが彼女の成功の真理だと思います。
そうした思いがけない出会いの中にも子供とおもちゃの幸せな巡り合わせがある、ということもまた、ウッディの心に刻まれたのではないでしょうか?

f:id:evisilli:20190714165123j:plain

 

5、現代的なヒーロー・ボー

「4」で何よりも素晴らしかったのがボーの存在、そして描写!
現代的な感覚を持ち、ウッディの先を行く開拓者としての彼女の格好よさ。
陶器の肌の質感の豊かさ(とアップ描写の多さ)に、制作陣の執念を感じます。
もともとはバルーンスカートだったものを2WAYで利用したマントの見せ方も素晴らしい。
あの頃と地続きで、彼女は元からヒーローだった。
そんな彼女がけん引していく、持ち主を持たないおもちゃたちの世界の魅力。
さまざまな価値観に触れ、ウッディの背中を押す存在として最高すぎるキャラクターでした。

----------------

 

こうした大きな物語を描きながら、「お父さんは刑務所」とか、ハイタッチしてもらえないコンバットカールとか、飛べないバイク乗り・デューク・カブーンの最初で最後の跳躍とか、挟み込んでくるネタのキレの良さも相変わらず圧巻。

バズの出番が少なかったり、おもちゃたちが動きすぎだったり(さすがに気づくでしょ)、そうした部分での不満がないわけではありませんが、個人的にはさすがピクサーという信頼を深めるシリーズ最終作(?)でした。

 

全国公開中。

 

※画像は全てimdbより引用

「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」感想 ~私たちは皆「ベン叔父さん」だった【おすすめ度:★★★★】

「アベンジャーズ エンドゲーム」後、MCUフェーズ3のラストを飾る「スパイダ―マン」シリーズ最新作。

 

★スパイダーマン ファー・フロム・ホーム

f:id:evisilli:20190706190553j:plain

監督:ジョン・ワッツ

キャスト:トム・ホランド、ゼンデイヤ、ジェイク・ギレンホール

 

◆予告編◆

www.youtube.com

 

◆あらすじ◆

夏休みに研修旅行で欧州へ行くことになったピーターは、思いを寄せるMJに告白しようと計画していた。しかし、最初の目的地・ベネチアに着くと、そこに水を操るモンスターが出現。混乱に陥るベネチアだったが、突如現れた謎のヒーロー・ミステリオが人々の危機を救う。ニック・フューリーらとも連携して未知の敵“エレメンタルズ”と戦うことになったミステリオ。ピーターもそのミッションへ参加することになるのだが…。

 

◆感想(ネタバレあり)◆

 

これまでのスパイダーマンシリーズは、「高校生役なのに演じるのは30歳ぐらいの俳優」という点で、描く心理や内容がどこか「私達と同じ大人たちのもの」として見ていた部分があります。

ヒーローとしての責任とMJやグウェンとの恋との間で悩むのはどのピーター・パーカーにも共通だけど、これまでの2シリーズはどこかもっと「ヒーローの人生って辛い」という要素を感じていました。

それはそれで好きな部分。

トビー・マグワイヤのピーターは「大いなる力には大いなる責任が伴う」という台詞を背負い続けるナイーブさに満ちていたし、アンドリュー・ガーフィールドのピーターは本人のそもそも持ってるシックボーイ感に上塗りするかのようにグウェンを失うという辛すぎる事件のせいで、今最初から見直しても結末を思い出して辛くなります(エマ・ストーンのグウェンは至高)。

 

だけど、トム・ホランドという若く、陽性の魅力が強いフレッシュなキャストを抜擢した時点で、MCUにおけるスパイダーマンがどういう存在かはある程度刷新され、新しいコンセプトが出来ていました。

それは、アイアンマンのフォロワーであり、キャプテン・アメリカのファンであり、彼らに認められたい、彼らのようになりたいと願い奮闘する等身大の高校生、ピーター・パーカー。

初登場が単独作ではなく「シビル・ウォー」であり、今回の作品に行く前に「インフィニティ・ウォー」「エンドゲーム」を挟んだことで、そうした先輩ヒーローたちの存在を追いかける者としてのピーターのキャラクターは醸成されていました。

トム・ホランドの演じるピーター・パーカー=スパイダーマンは、アイアンマンやキャップに憧れ、コスプレをする子供たちを代替するような存在でもあるんです。

 

だからこそ「ファー・フロム・ホーム」は、そうした偉大なメンター達を失ったピーターが初めて経験する試練であり、大人の階段を登る話であり、ヒーローとしての自分はこの先どうありたいのかを受け止め始める物語。

正しく青春映画であり、観る人すべてを「ベン叔父さん」視点に変えてしまう魔力を持った傑作になっていました!

そして、MCUの次なるフェーズへの布石も…

f:id:evisilli:20190706190707j:plain

 

1、新しいメンター候補=ミステリオとの対峙

正義のために身を削りながら戦う新しいヒーロー・ミステリオ。

ピーター達の前に突如登場した未知の敵・エレメンタルズを一人で撃退するその姿、自分の悩みを傍で聞いてアドバイスをくれる信頼にたる姿、そして何よりも「眼鏡をかけたらトニー・スタークにそっくり」というどうやっても彼を重ねざるを得ないその風貌に、ついつい心を許し、そして自身でその重みを背負う事を拒否してトニーからの贈り物であるイーディスを渡してしまったピーター。

その失敗が招いた事態こそ、彼が大人の階段を登るための試練でした。

 

正直ね、あのジェイク・ギレンホールがミステリオな時点でどこかで裏切るだろうという事は分かっていたんですが、「…そこでかー⁉」という素晴らしいタイミングでのネタバラシ、そしてネタバラシ以降のあまりに活き活きしたジェイク・ギレンホールの演技にテンション上がらないわけがなかった。

ほんと、顔も何も変わっていないのにあの時点からガラっと表情が変わるし、ギラついた目つきが癖になるし、野望が表情に滲み出すぎていて、こういうアドレナリンの出すぎた役柄を演じる時のジェイクの煌めき方は本当に凄い。

f:id:evisilli:20190706190746j:plain

 

しかし、ミステリオという役柄については、本当に拗らせの塊で切なく哀しいキャラクターなんですよね。

あれだけ憎悪を持っていたはずのトニー・スターク=アイアンマンと同じような面影をピーターに感じさせる風貌の寄せ方。

その鋼鉄の装備も、手から発される力を活用した攻撃も、その飛行のフォームも。

ピーターにそう感じさせ心を開かせる事が狙いなのだとしても、自分を貶めた憎き人間の影響下に置かれてしまう切なさ、哀しさは、ミステリオをただのヴィランにおさまらない人間臭い魅力を持ったキャラクターに仕上げていたと思います。

そして、自身の死をもってその狙いの全てを完遂する悪役というのもまた最高。

敬愛から憎悪に変わったトニー・スタークへの復讐を、その愛弟子を貶める事で成し遂げるって、段々二次創作みたいになってきたけどまさにミステリオが考えそうだなあという納得感がありました。

 

そんなミステリオやエレメンタルズ(という名の拡張現実とVRを使った仮想敵)との闘いのシーンは、縦横無尽なカメラワーク、奇想天外なスパイダーウェブ活用術など、アイディア満載の素晴らしいアクションシーンになっています。

特に拡大解釈気味な拡張現実に襲われるピーターのシーンはこれまでのシリーズにはないフレッシュな演出だったし、その仮想敵の中に入り、内部構造を破壊していく描写なども非常に面白い。

拡張現実に翻弄されていたピーターが最後、「ムズムズ」とメイおばさんに呼ばれる内なる感覚を発揮して“本当のミステリオ=クエンティン・ベック”を捉えるという展開は、「メンター」という存在にある意味甘えていたピーターが自身の力で試練を乗り越え、そして自身の力ですべきことを成し遂げるという最高のエンディングでした。

 

しかしね、エンドロールで驚愕の事実が明かされるんですよ…

 

確かに、ミステリオらのチームが作った仮想敵がいくら電磁波や破壊をコントロールしていたとしても、さすがにシールドがあっさりそれに騙される事には違和感があったんですよね、そしてその拠点のチープさにも。

そんな違和感を颯爽と回収していくとは!そうか全て織り込み済みだったんですね…。

ミステリオによって名前も明かされ、そして彼の殺害の容疑者としてのイメージを植え付けられてしまったピーター。

果たしてMUCフェーズ4はどうなる…!?

f:id:evisilli:20190706190849j:plain

 

2、MJとの恋が可愛い。とにかく可愛い。

初期シリーズのキルスティン・ダンストのイメージがとにかく強いMJ。

ゼンデイヤのMJは、その風貌も、キャラクターも、全てを刷新して差別化していましたが、正直前作「ホームカミング」ではその魅力が伝わりきっていないと思っていました。

というか、伝わりづらいんですよね、皮肉屋で内気でちょっと変わり者だから。

だけどそこで積み重ねてきたものが、今回の作品でぱーっと華開いたかのように、2人のケミストリーが炸裂した事がとても嬉しかった。

キルスティンが演じるMJとトビー・マグワイヤが演じるピーターとの恋も、エマ・ストーンが演じるグウェンとアンドリュー・ガーフィールドが演じるピーターとの恋も、圧倒的にMJ/グウェンの地位が所属するコミュニティ内で高すぎて、ヒロイン側の努力というか、ヒロイン側がピーターに近づこうとする道筋が見えづらかったんですよね。

(それはそれで上記2作品は好きです。高嶺の花)

だけど、ゼンデイヤ演じる皮肉屋で内気なMJが「私はあなたを見ていた」という告白、「私だけはあなたがスパイダーマンだって分かってた」という事実は、ピーターの恋ではなく「二人の恋」を応援せざるを得ない愛しい気持ちを巻き起こさせる力がありました。

もうね、観客みんな親心。お見合いをセッティングしたような気持ち。

本当にこの2人のカップル最強すぎるので、幸せになってほしいです。

f:id:evisilli:20190706190920j:plain

 

3、私たちは皆「ベン叔父さん」だった

今回のMCU版スパイダーマンは「ベン叔父さんが既にいない」事が何よりも前2シリーズと異なる点であり、非常に重要なポイント。

つまり、ピーターを導き、ピーターを見守り、ピーターを愛するベン叔父さんは、観客そのものであり、そしてその役割を少しづつ皆が分け合っているんです。

親心と愛情を惜しみなく捧げるメイおばさん、父親代わりの背中を見せるハッピー、ピーターを引き上げるメンターとしてのアイアンマン。

ピーターの周りの大人たちの良い部分は、全てベン叔父さんの要素を分け合って持っている部分であり、ピーターを愛する観客の心もまたしかり。

それを一番体現するハッピーの存在が大きくフィーチャーされた今作で、その事をより強く体感しました。

 

そんな最高の青春映画「スパイダーマン ファー・フロム・ホーム」は全国公開中です。

 

※画像は全てimdbより引用

「X-MEN ダーク・フェニックス」(映画)感想 ~X-MEN20年の完結を背負ったソフィー・ターナーを称えたい【おすすめ度:★★(+★)】

20世紀フォックスがディズニーに買収されるという、映画業界史上最大級のニュース。

見え隠れする“大人の事情”に振り回されたシリーズの“完結編”は、長きに渡るシリーズにおいて「何をみてきたか」「どの時代に思い入れがあるか」によって、相当評価が分かれる作品となりました。

 

★X-MEN ダーク・フェニックス

f:id:evisilli:20190624234926j:plain

監督:サイモン・キンバーグ

キャスト:ジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、ジェニファー・ローレンス、ニコラス・ホルト、ソフィー・ターナー、タイ・シェリダン

 

◆予告編◆

www.youtube.com

 

◆あらすじ◆

大統領とのパイプラインもしかれ、その活躍ぶりから“スーパーヒーロー”とさえ呼ばれるようになり、もはやかつての迫害の気配は消え去ったかと思われたX-MEN。

しかし、とある宇宙での飛行士救出ミッションで一人逃げ遅れたジーン・グレイは太陽フレアを浴び意識を失ってしまう。

無事地球へと戻ったジーンとX-MENたちだったが、その事故のせいでジーンの心の闇の中に眠っていたもう一人の人格「ダーク・フェニックス」が覚醒してしまい…。

 

◆感想(軽いネタバレあり)◆

冒頭でも述べた通り、とにかく「X-MENに何を見出していたか」によって、相当評価が分かれるであろう作品。

大前提として、シリーズであるはずの前作、前々作などとの整合性は破綻しているので(これはもうこのシリーズのお決まりになりつつありますね)そこが気になってしまう方はおそらく全然受け入れられないのではないでしょうか。

正直、他にも細かくマイナス点をあげていけばキリがありません。

キャラクターの一貫性が失われていたり、そもそも動かし方が脚本上の装置的な扱いになっているキャラクターがいたり。

極めつけは「大団円になっていない」こと。

ただこればかりは、ディズニーによる買収によってアベンジャーズ本体への合流をさせる必要があるために現行シリーズを打ち切らなければいけなかったという超絶大人の事情もあるはずで、現行シリーズの制作陣に文句を言ってもしょうがない部分も多少あるのではないかと思っています。

買収前から完結編の想定だったのか、買収後の決定なのかはわかりませんが、本作がなんともいびつで評価しにくい作品になってしまったのは認めざるをえません。

 

それでも私が本作を擁護したいのは、この新世代キャストによるシリーズが、アメコミ映画というジャンルにおいてここまで「演技力」で魅せるシリーズとなったこと、そしてそのキャストたちがシリーズを重ねるごとに成長し、力をつけ、ブレイクしていく姿に物凄く魅力を感じてしまっているから。

そして、虐げられ拒絶されてきたものの苦しみと許しというジーン・グレイが本作で体現する物語は、まさにX-MENシリーズが描き続けてきた物語の根幹であり、それを若手女優ソフィー・ターナーに委ねた姿勢にもまた、物凄く魅力を感じています。

 

思えば、新世代キャストで始まった「X-MEN:ファースト・ジェネレーション」は紛れもない傑作でした。

 

1962年のキューバ危機という歴史的事実を背景に、その裏にはミュータントたちの抗争が巻き起こっていたとする脚本構築のあまりの上手さに舌を巻き、そしてジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、ジェニファー・ローレンス、ニコラス・ホルトという若手キャストのミラクルなケミストリーに、「X-MEN、やるなあ」と思ったものです。

チャールズ・エグゼビアとエリック・レーンシャー、根本は同じでありながらも、「どうあるべきか」において意見を異にし、道を違えていく在りし日の兄弟のような男2人の友情と別離を、あそこまで鮮明に描いた作品はなかなか他に思い浮かびません。

f:id:evisilli:20190626020515j:plain

f:id:evisilli:20190626020528j:plain
 

しかし「~フューチャー&パスト」「~アポカリプス」と、個人的には「~ファースト・ジェネレーション」を(全く)超えられない作品が続き若干トーンダウンする中で、それでも本シリーズを見逃すことができない大きな理由は役者たちの成長と飛躍でした。

円熟味を増してオリジナルシリーズのパトリック・スチュワートとイアン・マッケランに近づいていくジェームズ・マカヴォイとマイケル・ファスベンダー、そしてオリジナルシリーズとは違うキャラ造形ながら有無を言わせぬ説得力をみせるジェニファー・ローレンス。

f:id:evisilli:20190626020554j:plain

 

さらにタイ・シェリダン、コディ・スミット=マクフィー、そしてソフィー・ターナーという、「オリジナルシリーズの人気キャラの若かりし頃」として登場した3人もまた、その面影も持ち合わせつつフレッシュで彼らなりのスコット・サマーズ、カート・ワグナー、ジーン・グレイを作り上げていたと思います。

f:id:evisilli:20190626020626j:plain

 

だからこそ、その中でソフィー・ターナーにここまでフォーカスしてシリーズ約20年の集大成をゆだねたサイモン・キンバーグの決断と、それに答えたソフィー・ターナーの渾身の演技にはぐさぐさ心を揺さぶられました。

「ゲーム・オブ・スローンズ」でずっとソフィーを見ている身としては、ほんと演技上手くなったな…と感嘆せずにはいられません。

あの美貌とあの貫禄は女優として掴みとった武器であり、それをジェームズ・マカヴォイ、マイケル・ファスベンダー、そしてジェシカ・チャステインと並んでも引けを取らない存在感として臆せず出し切る姿には本当に涙が出そう。

本作はオリジナルシリーズでジーンを演じたファムケ・ヤンセンが持つ雰囲気では成立しない物語で、ソフィー・ターナーが演じるジーン・グレイだからこその説得力がありました。

f:id:evisilli:20190626020710j:plain

f:id:evisilli:20190626020728j:plain

 

ただ、物語がジーン・グレイに寄せきった事で、「物理的なX-MEN全体の闘い」を求めていた大多数の人の見たかったものにはなっていないのだろうし、整合性をとらずにきたシリーズ全体のつけが最後の最後に最も大きく出てしまったという事は事実。

なので、世間が本作を酷評する気持ちもわかるし、事実脚本としてはもうちょっとどうにかならなかったのかね?という点もいっぱい指摘したい。

ただ、それでも嫌いになれない、そっと包み込んであげたい作品です。

 

全体的にアクションはかなり良かったなあ。

特にクライマックスの列車での一大バトルシーン。

磁力を操るマグニートーが魅せる無双っぷり、X-MEN同士の連携プレー、「走る列車の中」というダイナミックで躍動感ある舞台設定も活きていて、アクションが地味目な本シリーズにおいてはなかなかに見応えのあるシークエンスでした。

 

今後またキャストを刷新してアベンジャーズ本体へ吸収されていくのであろうX-MEN。

いびつな纏め方ではありましたが、X-MENの約20年間で描いてきたテーマを「ジーン・グレイを描くこと」を通して貫ききった初志貫徹ぶり、好きですよ、私は。

 

「X-MEN ダーク・フェニックス」は全国公開中。

 

※画像は全てimdbより引用